1日の終わりに

多様性という言葉

流行りだろうし、多様性という言葉が結局は差別を作るものにもなるとは思う

たとえば健常者と障害者のように

LGBTって言葉も、多様なものを許容する為のようななりをして、区別するためにあるものだし

その言葉を言う段階で、何かどこかに優劣ができている気がする

が、しかし、自と他を区別するため、や、説明するため、の言葉が欲しいと言うのもわかる

大切なことは流行りではなく、常に生まれては消えていくことで、常にマイノリティとマジョリティはあって、それは入れ替わりもするし、立場の違いなだけだよーってことな気もする

そしてそれはまた、それぞれの中でもずっとあるのではなく常に流れている

 

ファッションはそれぞれが生まれ持った色を好きな色に染め直してくれる一つの手段な気もする

ファッションという、本来は流行りという意味の言葉は、流行りから離れたその時々のパーソナルな色を自由に見せてくれてよいのではないかとも思う

好きに色を塗る楽しさ、や、救い

 

他人が人の価値を決めるが、

 

自分の価値を決めるのは自分である事を言い聞かせながら、

 

生きる術を探すのでは、と

 

他人が思うほど単純でもなく、自分が思うほど難しいものではないのかもしれない

 

それでも怖いものを、自分と向き合って、自分が受け入れたいと願う